『江戸狂歌本選集』(2001年東京堂出版)所収 春足狂歌
第八巻 『万代狂歌集』
『万代狂歌集』
刊記 六樹園飯盛撰 文化九年壬申秋新版 東都 角丸屋甚助蔵
春足 総入集数 二十四首
春の日の光る源氏の若菜とてから猫ならぬ爪もあてけり 雲多楼鼻垂
月前梅を
わきかねつ右左から袖とほす月の光りとうめの匂ひを 雲多楼鼻垂
さく花を見すてゝかへるひかことはこれやいせをのあまつかりかね 雲多楼鼻垂
霞中帰雁を
かへりても秋はくるてふかりかねのうけあひにたつ春霞かも 鼻垂
大ふりにあつさもいまはさめ鞘の尻からはへる夕立の雲 雲多楼鼻垂
蜀江のにしきよりけに夏くれはあたひもたかきはたか百貫 雲多楼鼻垂
蘭を
女郎花なまめきたてる秋の野に何いんきんの藤はかまそも 雲多楼鼻垂
社頭の角力を
いさけふの手からのほとをみや柱ふとしてたてるすまひとりとも 雲多楼鼻垂
湖辺虫を
から崎の松にはあらて松虫のねをもゆり出す志賀のさゝ波 雲多楼鼻垂
月を見て老となりなはその中のしなぬ薬をわけてもらはん 雲多楼鼻垂
萩の露雨としちらはみさふらひみかさといひてとれや松茸 雲多楼鼻垂
岸霰を
岸にふるあられは米に似たれともこれはふませし水車にも 雲多楼鼻垂
雪ならは兎つくりてたのしまん岸のくひせにふる玉あられ 雲多楼鼻垂
野の雪を
きのふけふ雪はこんこんふる狐のへの姿もしろく化たり 雲多楼鼻垂
午の年のくれに
弁慶の力もあらはくれてゆくうまの年の尾ひいてもとさん 雲多楼鼻垂
かたらひける女のもとへいひつかはしける
風ひきしわれより君かくさめせん噂のみしてくらすこのころ 雲多楼鼻垂
かはゆひか又にくいかと問はれてはこたへられさる閨のむつこと 雲多楼鼻垂
神社に
いひよれは出雲の神のいつもいつもそのこま犬のうしろをそむく 雲多楼鼻垂
水の底まてと契りしことのはもあなうの鳥の尻へぬかすか 雲多楼鼻垂
蚤蚊より恋にわか身をせめられてむしむしひとり物思ふかな 雲多楼鼻垂
舟に
こさつたと是は思ひのほかけ舟いつの間にやら風かかはつた 雲多楼鼻垂
住吉の松を
むかしからいく代へぬらん其数も忘草おふきしの姫松 雲多楼鼻垂
鷺を
此鳥をにくけなりとはいにしへの清少納言なにもしらさき 雲多楼鼻垂
讃岐の国へまかりける時さこらといへる所にてあそひなとよひて二夜まてとゝまりゐてよめる
たをやめのその髪筋に旅人もつなかれている大象頭山 雲多楼鼻垂
第十巻 『吉原十二時』
『吉原十二時』
刊記なし 石川雅望編
春足 総入集数 七十二首
卯時
細見のしるしの外においらんも星をいたゝきておくる客人 阿州 雲多楼抜足
辰時
神仙のやうなる君と寝たる朝雪と見る花雨と見る露 阿ゝ 雲多楼
おいらんのすかる手さきを手つたひてともに袂にかゝる花ひら おなしく
おいらんのはたへの雪をのかれきて又雪にあふ花の木のもと おなしく
中の丁花も見かてらおくりきて又ねにかへる里の新造 おなしく
けいせいのへにをおとすもことわりや風呂の呂の字もやはり口々 アハ 雲多楼
客人の帰りて後も傾城に帯をとかする吉原の風呂 阿ゝ 雲多楼
刻限の辰をもすきて雲となり雨となりたるゐつゝけの客 阿ゝ 雲多楼
午時
けいしやらか哥の外にも部屋部屋に箒てちりをとはす新造 アハ 雲多楼
笛太鼓てさわくくるわの掃除にもやはりふいたり又たゝいたり アハ 雲多楼
普賢とも見へしゆかりかけいせいに象牙のはちもうりにくるなり アハ 雲多楼
大象はともあれ客をつなかんと髪をめてたくかさるけいせい おなしく
長柄傘さゝせて出んと雨乞の小町へににてつくるけいせい おなしく
未時
客の気はかうとつかんてけいせいか小鷹の紙にかける玉章 アハ 雲多楼
けさ駕てかへりし客へほともなく又かきおくるけいせいの文 おなしく
ひるみせをはるの錦かけいせいの柳のこしに花のかほはせ おなしく
虫の名のひる見世をはるけいせいもやはりすひつくものにこそあれ おなしく
けに汐のひるめし時と座敷にもほたて貝迄見ゆるよし原 おなしく
大鷹や小鷹の紙にうそ迄もとりませてかくけいせいの文 おなしく
申時
さく花の雪にもやはり国の名のこしにそりをは見するおいらん アハ 別号六々園雲多楼紀抜足
八文字ふむおいらんの外に又十文字ふむ酔とれの客 アハ 六々園
さく花をよし野とみてやけいせいのちもとをさくる客人もあり アハ 雲多楼
けし坊主の禿もついてみゆるなりこれや名におふ唐土の君 おなしく
うかれめといふもことはり四文銭の波まかせなる里の西川岸 おなしく
細見に星のしるしのあれはとや花の雲間に出るおいらん おなしく
もろこしといふおいらんもあれはにや虎の尾さくら植る吉原 同 六々園
おいらんの道中をする所とてうゑたる花の雲助も見ゆ おなしく
おいらんの目もとのしほとちる花の波に心のうく中の丁 おなしく
おいらんのとけかゝりたる帯の上にまたふりかゝる花の白雲 同 六々園抜足
楊貴妃や小町さくらも二階から下に見てゐるおいらんの顔 おなしく
吉原は鬼もすめはや褌になるてふ虎の尾さくらも見ゆ おなしく
酉時
西山に日はしつむころ客の気をうかしてきたるたいこ末社か アハ 六々園抜足
さく花の雲の中にも蝋そくをほしのことくにともす吉原 おなしく
節句の名のもゝのあたりをうらんとて雛の如くにならふみせつき おなしく
桃灯の名もあれはとて桜にもやはり蝋燭ともす吉原 アハ 六々園
戌時
酒の池肉の林に出くるはつゝみの猿やきの字やか亀 アハ 六々園
かうしさき沓をとゝめてけいせいの瓜さね顔に見とれてそゐる おなしく
花に名のあるよし原の君とてや雲とみる鬢雪とみる肌 おなしく
けいせいの雁かね額なかめつゝたましひ飛す客人もあり おなしく
亥時
うりにくるむき玉子よりうつくしき女郎の顔にかふりつかはや アハ 六々園
三味線の猫はけいしやにしまはせてねうねうといふ客人もあり おなしく
けい者らか三味線をひきやめは又屏風をひきにくるわかいもの アハ 抜足
床まはす其縮緬の夜具見てもかのことはかりおもふ客人 おなしく
子時
さとは四つよそは九つ十三の琴の音もよきおいらんの部屋 アハ 六々園
恋猫の声する頃にしめあうて四つ乳となりし客人もあり アハ 六々園
抱て寝る細腰のみかよし原はうりにきたるも青柳のすし おなしく
十六になる新造とねたるころ二八のそはのうり声もしつ おなしく
よし原はけに鬼のすむ里なれや時々ひゝく鉄棒のおと おなしく
梓弓ひけ四つといふ頃も猶やの字に帯をむすふけい者ら おなしく
方角の子といふ頃にけいせいを北の方ともめつる客人 おなしく
丑時
鳳凰の衣裳を着たるけいせいとはねならへんと契る客人 アハ 六々園
世の人の夢むすふころ客人と下紐といてねたるけいせい おなしく
そは売の風鈴のみか口舌して舌をならせるけいせいもあり おなしく
孝行に身をうりなからなそてかく人にはふかう契るけいせい おなしく
けいせいの柳のこしをいたきては目迄も糸となれる客人 おなしく
けいせいと一夜ふさんの夢ならて雲となり又雨となる客 おなしく
いよ染のもすそかゝけて高炉峰のゆきのはたへをめつる客人 おなしく
ころころといひきをかきておいらんのくるまを客にまたす名代 おなしく
からやまと唐犬ひたひふし額ひとつによるの閨のむつごと おなしく
高炉峰の雪のはたへをめつるなりみすと名のある紙をかゝけて おなしく
老聃ののるてふうしの刻限に下紐の関こゆる客人 おなしく
のつて来た駕はかりかは寝間にてもやはり四つ手となれる吉原 おなしく
地にあらは木にもならうと契りたる其新造の年も十八 おなしく
鳥にまてならうとちきるけいせいの詞はうそとしらぬ客人 おなしく
寅時
思はすも客のころもをさきにけりつきぬよしやうのけさの別れに アハ 六々園
から臼の音のするころ骨も身も粉にくたけつゝかへる客人 おなしく
わかれをはをしむ二人の外に又目をすりてゐるねこき新造 おなしく
けいせいにつとめられたる客人もつとめておきてかへるよし原 おなしく
田舎への咄みやけと遊ふ客につとのみ見せてねたるけいせい おなしく
長楽のむかしはしらすよし原の花につきたる客人のかね おなしく
下紐もとかねと客のそはにねて夢はしきりにむすふ名代 おなしく
客人のなこりををしむ頃とてや桜も露にぬるゝよしはら おなしく
評判 飲食狂歌合
評判 飲食狂歌合
刊年なし 須原屋茂兵衛他九書肆の相版
春足 総入集数 五首
左 持 鰒 阿州 鼻垂 紀抜足
雪の日の西施乳よりいのちにもかへてすひたき君かくちひる
右 長芋 松風調
ぬらくらとむなきになるかならぬともとかく返事の長芋そうき
左呉王夫差八百屋半兵衛いつれもせつなる恋の心和漢おなしかるへし
左 勝 煎餅 清澄
わかおもふ壺へいれんとせんへいのかたまきにしておくる玉章
右 桃 阿州 抜足
西王母の桃よりもわか恋病のいのちをのふる君かふともゝ
左御文にそへ遊はしかた巻せんへいはおくり下されめつらしき御品
にて御うれしく存上候思召の御つぼのみならずみなみなゑつぼに
入まいらせ候右かざり置ましたる西王母の人形かたへは三千とせの
桃でござりまする此ふたつ当世風の男女にとりなしまする男の人形
ナ女ゆもじをまくりまする女の人形両足をかゝげましてそりかへり
まするテンカラテンカラテンカラテンカラテンテンすなはち毛もものかたちでござり
まする見物ぜんまいのギリギリもいかがせんべいのガリガリの方がいゝ
と申やす
左 勝 米 アハ 抜足
六祖にはあらねと心さとれとて思ひをこめのふみもおくりつ
右 木耳 クハナ 空諦
くとけとも聞いれもせすきくらけのへんじもはきれせさるわひしさ
かはゆかつたりかはゆかつたりと身はからうすのやるせなく長座不臥の恋の
やまひされとおくりおこせたる以心伝心の文一本たふとげなり右
きくらけの返事とはつゝけがらうまからぬこゝちす簸春大師こしつよくや
左 米 アハ 抜足
うき人におもひをふかく米の字の八十八たひほとおくるたまつさ
右 勝 山椒 朝風
からうしてあふ夜につらし山椒の朝くらきからなく鳥のこゑ
左恋する人の胸よりも文つかひ足こそいたむへけれ右からうしその
五文字ピリピリとひゝきて侍り米粒にくらふれは山椒少々粒大きく
見ゆ
左 豆 甲フ 賀計
やる文はまめてもとれと恋やみの色さへ青くやせてくるしき
右 勝 きくらけ アハ 抜足
ついもれて人きくらけと忍ふ身は朽木にはえし耳もおそろし
左は青くてくるしく右はくろくておそろしその木耳の文字をさへ
とり出られたる耳にきとたちて侍れは忍ふ恋を果報耳とさだめて侍
り