播磨のうしいにし年都の東山なる西行庵といへ
るに二とせあまりものせられしころよりとし毎に
かの上人の忌日にミやひことのかきりひろくあつむる
ことゝなりてのちつきつき住ところはかハりけれと
おこたらすまとゐ有けりかくてことしもれいの
つとへ有へきに同じくはよその国々にもひろく
きこえわたしてうたにまれ絵にまれやまとのも
からのもみやひたるもされたるもはたはいかいのほ
句といへるものもすへて筆に物するかきりひとく
こひもとめむとせらるゝにさてはきさらきの忌日
にはことなりかたしかくことをおこすにねもころ
なる人々にいたりいたらぬへく万あらむもくち
をしけれはことしはさつきの十日といへるに
なむ前津といふ所の今世にはしの祭とてもて
はやすいほりのあるそこにひろらかにつとへを
なさむとおきてられたるそのよしをいさゝかうしに
かはりて 秋津
会主 田鶴麿
補助 信成
長綱
コメント