六々漫談摺りもの

六樹園 市川團十郎はみがき広告文

撮影:四国大学 / 分類:手鑑1-17-1

三升家伝    楽屋香
御しろい
市川團十郎はみかき
小間物類しなしな

私方団十郎はみかき日増に御用の仰付
ありかたく奉存候御蔭にて内証よほどあたゝ
まり戸棚に黄なる金がたまれば台所には
白水をながすこれひとへに成田山の御霊験
たふといないもんつくしの狂言袴のをりにかなひ
出世の鯉瀧福牡丹さかりをこゝにみせ繁昌
いのりて弥生の吉日より楽屋香と申す御
おしろい売出シ申候これハはみかきのつけ?にて候へば
利分に拘らず極上の良薬を調和し製法仕候
そばかすはたけいもにきみをいやしきめをよくし潤を出
すことハ先刻御承知の御とくい方なれバくとうハ申上
ず候右の二種ハ市川代々の伝法ながらよそへは出さ
ぬ楽屋香御披露申すそのため口上団十郎の
はみかき以来これて二度だがつがもない御評判
ねがひ奉り候以上
 誂にまかせて急こしらへに三階において書 六樹園
 申三月               瓢箪屋製

語注

*三升 市川家家紋
*白水(しろみず) 米をといだときに出る白い濁った水。米のとぎ汁(日本国大)
*成田山 成田山新勝寺は市川家代々尊崇の寺。「成田屋!」の屋号もこれに由来する。
*そのため口上 歌舞伎の「口上」の決まり文句。
*つがもない とんでもない ばかばかしい つまらない 「つがもねえ」は團十郎のせりふでよく使われる。

気づき

○「團十郎はみがき」のコマーシャル。七代目市川團十郎と岩井紫若が幕間に「江戸口」「広到香」と称する歯磨き粉の口上を述べる錦絵が残されている。(アドミュージアム東京)。同一の物か。

対談

遠藤 この「六樹園 市川團十郎はみがき広告文」ですが、解読文を読んでも話が飛び飛びすぎて、どういうことなのかよくわかりませんでした。もう少し詳しく教えてもらえますか?

抜六 前提として、これは「市川團十郎はみがき」を宣伝しているチラシのようなものです。

 それに加えて、この文の作者である六樹園のこの種の文章(口上のような書きもの)は、いわゆる「物づくし」の手法を頻繁に使っています。「物づくし」とは、同じ種類の物を列挙する手法です。たとえば「山づくし」とか「花づくし」とか、つまり「連想ゲーム」ですね。

 なので、このチラシでも、連想ゲームで次々と関連のある言葉や歌舞伎に関係する言葉を並べて、最終的に市川團十郎はみがき「楽屋香」を宣伝しているわけです。具体的に一文ずつ見ていきましょう。


抜六 私の団十郎はみがき、どんどん日増しにご注文いただきありがたく存じます。おかげさまで懐具合もだいぶ温まり、戸棚に金がたまれば、台所では白水を流す…。

遠藤 あの…、白水ってなんですか?

抜六 米のとぎ汁のことでしょうね。白米は贅沢品だったので、そういう贅沢ができています、という意味かもしれません。

遠藤 なるほど。おやっ、ネットで調べてみたら、米のとぎ汁を寝る前に顔につけて、朝に洗い流すと美容に効果があったって書いている記事もありますよ。

抜六 もしかすると、そっちかもしれないですね。このあたりは当時の風俗が分からないと、なんとも言えないところです。まあ、「台所で白水を流すことができるくらいはみがきが売れてくれている」みたいなポジティブな意味合いで使われているのは間違いないです。

遠藤 わかりました。続きをお願いします。


抜六 これはひとえに成田山の御霊験が貴い、ないもんづくしの狂言袴のりにかない…

遠藤 えーと、ないもんづくしって「あれもこれもない、何もない」って意味ですか?

抜六 「ないもんづくしの狂言」とは「無い物ばかりの芝居」という意味ですから「演し物」が揃っていないということでしょうね。

遠藤 なるほど…。狂言袴の折りにかないっていうのは何でしょうか?

抜六 狂言袴は衣装の袴、その連想で「折(袴にある山・谷・山・谷の折り目)」を引き出し、「折にかない」で「時宜に適う(その時々の状況や事情に適した)」が出てくるわけです。

遠藤 なるほど。えーと、最初からいくと「成田山のご霊験が貴い、無い物ばかりの狂言芝居、狂言袴の折にかない」となって、文章としては意味不明ですが、これが冒頭で「連想ゲーム」と説明されたものなんですね。論理的な意味のつながりではなく、次々と関連する言葉を並べているだけだと。

抜六 そうです。言葉遊びと思って読むといいですよ。さて、続きです。出世の鯉瀧、鯉の滝登り。福牡丹さかりをここに見せて、お店の繁盛をお祈りして…

遠藤 おやっ、この「みせ繁昌」の「みせ」 は、「見せ」と「店」の掛詞ですね。また鯉の滝登りや福牡丹は見るからに縁起が良さそうですね。

抜六 もしかすると、市川家に何か関係する紋だったりするのかもしれないですね。


抜六 ここから先がようやく、はみがきの宣伝文句になります。弥生3月の吉日から、楽屋香というおしろいを売り出しました。これは、はみがきのつけ、まではいいんですが、次の文字が読めなくて「祭」かなと思うんですが、祭だとよく意味が通じないんですよね。

遠藤 はみがきのつけ祭…?うーん、確かによくわからないですね。

抜六 この漢字を読める方、お気づきになった方はコメントで教えていただければありがたいです。さて、はみがきにつけるものですが、利益にこだわらず、極上の良薬を調合してつくっているので、そばかす、はたけ、いも、にきびを癒し…

遠藤 はたけ、いもというのは何かの肌トラブルでしょうかね。なんとなく肌がデコボコしている様が浮かびます。


抜六 たぶんそうでしょうね。にきびを癒し、肌のきめを良くして、潤いを出すことは、皆さん先刻承知でおられることでしょうから、何度もくどくは言いません。

 右の二種は市川家代々伝わるものなので、よそには出さない楽屋香、これをご披露申します。「そのため口上」とありますが、これは歌舞伎でよく出てくるセリフですね。

 そのため口上、団十郎はみがき以来これで二度目だが、「つがもない」、これは団十郎のセリフで「つがもねえ」とよく使われます。「とんでもない」みたいな意味です。とんでもないご評判を願っております。以上。


抜六 「誂(あつらえ)にまかせて」とは、この文章を書いてくれという注文に応じてという意味。

 「急ごしらえに三階において」の「三階」とは歌舞伎劇場の三階のことで、ここは屋根裏に近いところで一番安い場所なんですが、そんな安い場所に行くのはつうだったりするわけですね。毎日のように通うから、安い三階というわけです。その三階でこの原稿を書いた。六樹園。申年3月。瓢箪屋製、これはおしろいの製造元かな。

 こんな感じで、遠藤春足のお師匠さんである六樹園の書いた市川團十郎はみがきの宣伝文でした。

遠藤 江戸時代の当時の風俗が分かれば、よりイメージがわきそうな名文だったと思います。解読解説ありがとうございました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました