六々漫談

扇屋の花魁「花扇」はベロ藍の浮世絵や三ツ子の出産で世間を賑わせた

抜六 前回は『大吉原展』で展示されていた「吉原十二時」に関するお話をしました。今回は、吉原といえば花魁おいらんということで、吉原を代表する妓楼ぎろう扇屋おうぎや」の花魁である「花扇はなおうぎ」について取り上げたいと思います。

 さっそくですが、図録の図版番号172「扇屋内 花扇 歌川豊国(三代)国貞」の浮世絵を見てください。

※該当の浮世絵については著作権の関係で本HP上には掲出できませんが、画像を掲出している記事がありましたので以下の記事でご確認ください。

「【画像】吉原に咲いた華と、その土壌にあったものとは 『大吉原展』レポート」の画像13/22 | SPICE - エンタメ特化型情報メディア スパイス
「吉原に咲いた華と、その土壌にあったものとは 『大吉原展』レポート」の関連画像13/22です。

遠藤 これはまた見事な藍色ですね。

抜六 図録やネットの解説によりますと、この藍は「ベロ藍」(プルシアン・ブルー)と呼ばれるものが使われているそうです。

遠藤 あっ、ベロ藍ですか。確か、葛飾北斎の富嶽三十六景にも使われているって聞いたことがあります。それまでの藍と違って、鮮やかな青色を表現することができたとかなんとか。

抜六 この浮世絵の鮮やかな青色もずいぶん人目を引いたでしょうね。それに見てください、打ち掛けの豪華なこと。花魁の両袖の下に隠れるように二人いるのが禿(かむろ)ですが、三人とも揃いの藤の花の台付けをつけていますね。

遠藤 藤の花はわかりますが、台付けってなんですか?

抜六 別素材で作った飾りを縫い付ける技法のことです。

遠藤 あぁ、この藤の花は着物の柄ではなくて、別の素材として着物に縫い付けられているってわけですか。そりゃまた豪華な着物ですね。

抜六 さて、こんな豪華な着物を着ている花扇さんですが、春足さんの残した文書の中にも実は登場するんですよ。次の資料を見てください。

遠藤 なんて書いてあるんでしょうか?

抜六 この資料には、扇屋の花魁「花扇」が三ツ子を産んで江戸中で話題になったと書かれています。詳しく見てみましょうか。

 最近、江戸吉原扇屋かかえのおいらん(資料では太夫)花扇が三ツ子を産んだ。しかも三人とも男。奉行所に届けたところ産着一重、「御扶持」(報奨金)を下された上、名も下さり、上から一太郎、二治郎、三之助とつけた。花扇は今、吉原で並ぶ者がない全盛の花魁なので大評判となり、仲之町の道中の折など黒山の人だかりだった。天保二年(1831)九月

遠藤 へぇー。こんな知らせが江戸から遠く離れた阿波まで飛びこんでくるくらい話題になっていたんですね。

 三ツ子かぁ、現代でも多胎妊娠は色々とリスクが高いのに、当時はもっと大変だったでしょうね。なるほど、お奉行さんが金一封や名前までくださったというのも納得です。

 ちなみに、この三ツ子を産んだ花扇さんと、図録の浮世絵に描かれた花扇さんは同一人物なんですよね?

抜六 さあ、それはわかりません。何しろ花扇は何代も続いたそうですからね。でも、資料は天保二年、図録は文政(1818-30)後期とありますから、もしかすると同じ代の花扇さんかもしれませんね。

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