書き物

天道は是か非か 六樹園書き物

撮影:遠藤雅義 / 分類:20230723-J14-2

天道は是か非かといへるハ伯夷伝の要
文なるへし菅公の筑紫にをはり給ひ屈子
の汨羅にしつめるをさへまはりまはりと見てこさ
るは福善禍淫のお職分にハ御麁松とこそいふへけれ
孔子の不遇顔子の貧乏まさに積善の家に
あらすや子路か孝なる横死をなし子夏か賢
なるめくらと成りぬ孔明楠こゝろさしを遂す
神皇正統記の道理すくめも北朝へうち
はかあかり足利へ無尽ハ落ぬあはれ
なにそハまけくかるかや道心すくせ因果
といふものならすは天命の惣勘定そ
ろはんのあふ日はあらしかし
             六樹園

語注・気付き

*伯夷・菅公(菅原道真)・屈子(屈原)・顔子(顔回)・子路・子夏・孔明・楠 いずれも正義を貫いて不幸な終わり方をした人物。
*福禅禍淫 善を行う者には幸福がおとずれ、悪を行う者には禍災がおとずれるということ(書経)

○善は必ず勝ち、悪は必ず滅ぶというけれども歴史上の人物をみればその逆になった例は数え切れない。司馬遷が「天道は是か非か」と疑問を呈したのも宜なるかなである、という趣旨。

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