書簡

六々園宛て五老書簡 正月十日付け書簡で春里判者披露について春足に問い合わせていたことに対する返答催促 塵外楼清澄病臥のため大よわり

撮影:四国大学 / 分類:手鑑2-33-2

秋暑甚敷御座候御多福
奉賀候御詠藻御返し
申上候それそれ御わたし可被下候
先達而申上候判者之事
如何承度奉存候春里君
なとハ如何
清澄事重病にて
前月ゟ臥辱扨々困
入候事ニて候
それ故老人大つかれ
万々後便申上候 謹言
七月十九日   五老
六々園大人

語注

*先達而申上候判者之事 書簡2-29-4「春里ぬし判者の事よろしく覚へ候可然御取斗可申候江戸判者達へも披露被成候事か此処も委細被仰聞可申候」(正月十日付け書簡)に対する返事がまだ出来ていなかったか。

気づき

○清澄重病、「困り入り候」とある。父親・雅望の跡を継いで主だった働き手であったので「困入候それ故老人大つかれ」というのは事実だったのだろう。清澄没年は天保五年1834。

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