書冊(版本・狂歌集・自筆稿本等)

『猿蟹ものかたり』と題する狂歌集 遠藤春足・著 岳鼎・画

撮影:徳島県立文書館 / 画像:P2020214

 猿蟹物語
むかしいと大きなる猿と蟹とありけりかたみに
あるやまのふもとをゆきめくりけるにさるハ柿の
さね一つをひろひ蟹ハやきいひ一つをそひろひ
えたる猿これを見てうらやましくやおもひ
けむそのやきいひ此柿のさねにかへねといへは
蟹おもふやうやありけんむといらへてかへぬさて
蟹ハやかて此さねをその山のふもとにうゑて

撮影:徳島県立文書館 / 画像:P2020215

其核にむかひていふやう柿よ柿よとくはえよはえよ
さらずは我はさみもてはさみきらましと
いへばすなはちはえ出ぬまた此みはえに
むかひてとく大きくなれ大きくなれさらずハ
我はさみもてはさみきらましといへは
すかすかとのひて見あぐるばかりになりぬ
また此木にむかひてとくみなれミなれさらす
はわかはさミもてはさみきらましといへバやがて

みなりて枝たわむはかりになりぬまたこの
実にむかひてとくうまくなれうまくなれ
さらずは我はさミもてはさミきらましといへバ
いとあかくそこらてるはかりになりぬされと
蟹ハ木にのほるへきよしのあらざれはいかが
せましとおもひわづらふほとにゆくりなう
かの猿の出きぬれは蟹ハよろこひつつまし
いかで此柿とりてたべむくひにハ十が五つを

撮影:徳島県立文書館 / 画像:P2020216

まゐらせんといへば猿ハむといらへてするする
と梢にのほりぬさて此柿とるまゝにおのれ
みなうちくひて蟹にハ一つをたにあたえ
されは蟹ハしきだいしてわか佛わか佛いかで
其柿われにもたべといへば猿はいまとてその
中にことに青きをとりてなけおとしぬとりて
見るにいみしう青くてくふへうもあら
ねはうちなきてこハあまりになさけなし

いかてわれにもそのあかくなりたるを一つ
たへといへばいでいでとらせんといふまゝにまた
いと青く大きなるをとりてはたとうち
あてぬれバ甲ひしげてしゝぬ猿ハかう
蟹をころしぬれはおもひのまゝに柿うち
くひてあまれるはみなおのれか腰にとり
つけてもていにけるこのしにつる蟹のはら
にいとちいさき子ありてうこめきけるかやう

撮影:徳島県立文書館 / 画像:P2020217

やうはひ出て穴にいりぬさてとし月を
へていと大きくなりければいかておやの仇
うちてんとおもひてミづから黍団子といへ
るものをいとおほくてうじて腰にとりつけ
つゝかの猿の住といふ山さして出たちぬさて
山路わけゆくほとに道のほとりにいと大きなる
栗の実あり此蟹を見て主にハいつくへか
ものし給ふとゝふわれハはやう猿のためにおやを

ころされたれハ其仇むくハんとおもひてかく
出たちぬといへは其御腰にものし給へるハ
いかなるものにかさふらふとゝふこハ天の下に
二つなき黍団子といふものなりといへバ一つ
たべ御ともつかうまつらんといふさらはとて
一つとらせけれハしたがひつゝゆくにまた道
のほとりにいと大きなる蜂をり蟹を見て
はしめのやうにいへば蟹もまたまへのやうに

撮影:徳島県立文書館 / 画像:P2020218

いらへつゝこれにも団子一つをとらせてしたがへ
ゆくにまたなめらかなる牛の糞ありまた
大きなる杵また大きなるうすなとつぎつぎに
出ゐたりみなはしめのやうにいへは蟹もまた
まへのやうにいらへておのおの一つつゝを
とらせつゝしたがへゆきてかの猿のすむ
いほりにいたりぬ猿は山にいでていほりには
あらぬほとなれバ蟹はおりよしとおもひ

てまづ栗をよびてましは地火炉のうちに
ふしてあれといへばうけ給りぬとてゆきぬつき
に蜂をよひてましハ秦太瓶のほとりにあれと
いへは是もうけ給ハりぬとてゆくつきに牛
の糞をよひてましハはひりのくちなるしきミの
うへにあれといへばこれもうけ給ハりぬとてゆく
つきに杵をよひてましハ金戸のうへなる
なけしのうへにあれといへば是もうけ給ハり

*秦太(しんだ)瓶 味噌を入れる壺。(国史大辞典・日本大百科全書)

撮影:徳島県立文書館 / 画像:P2020219

ぬとてゆくいとはてに臼をよびてましハ屋の
うへにあれといへはこれもうけハ給りぬとてゆ
きぬそハ用意ことごとくそなハりけれハ蟹ハ
床の下にはひいりてかくれをりさて猿は
何のこゝろもなうかへりきて例のやうに
地火炉のもとにさしよりて火かきおこし
股うちはたけてありけるにかの栗はちはちと
なりつゝはねて猿のふくりをやきぬ猿は

いミしうあわてまどひつゝ味噌をとりて
此火傷につけんとおもひてくりやにはし
りゆきて秦太瓶の中へ手をさしいれ
けれハかの蜂まちとりてそのただむきをしたゝかに
さしぬ猿ハあと叫びつゝなほくすり
とらんとやおもひけんはしりて外に
出ゆくにふとかのしきみのうへなる牛の糞
をふミけれはのけさまにどうとたふれぬ

撮影:徳島県立文書館 / 画像:P2020220

此ときなけしのうへにかの杵おちくだり
て猿のかしらをうちくだけばつゝきて
屋のうへなる臼ころころとまろびおちて其
腰をうちをりぬ今はうごくべうもあら
ねばいきのしたにて妻子ハあらぬかとく
きてわれをたすけよといふとき床の下
より大声をあげてはやうわおのれかために
ころされたる蟹の子こゝにありいでおやの

仇むくひてんといふまゝにはひ出てかの猿の
手あしよりかしらにいたるまできだきだに
はさみきりておもひのまゝにほいとけて
かへりぬとそ父母の敵にはともに天を不戴
といふことかゝるものまてもしりけるにこそ
             六々園のあるし
                  春足

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