書き物

春足狂歌 題名なし(原稿か?控えか?)

撮影:四国大学 / 画像:IMG_1552

 梅
野辺ちかきやとにはあらねと梅さけハ
あさなあさなに鶯来なく    春足
 梅風
なかなかに木のもと遠くなるそとも
しらておひゆく風の梅かゝ   春足
 静見花
のとけしな夕風たえて鶯の
うつる枝のみ花散にけり    春足
 八月五日より十四日
 まてうちはへて/雨の降けるを
 十五日にハめつら/しく晴けれハ
ひとしほに月のかつらも紅葉しぬ
日ならへて降る雨や満けむ   春足
 月光似昼
くれなハと何おもひけんくれぬれと
くれぬともなき月のさやけさ  春足
 松間月
かつかくれかつあらハれてすむ月も
影定まらぬ松の下庵      春足
 遠山雲
山とのみ見てやすきまし吹風に
ゆふゐる雲のところかへすハ  春足
 鳴門漁火
かつかくれかつあらハれていやましに
おほくなるとの沖のいさり火  春足

 八月五日より十四日/まてうちはへて/雨の降けるを/十五日にハめつら/しく晴けれハ
ひとしほに月のかつらも紅葉しぬ/日ならへて降る雨や満けむ 春足
*うちはへて ずっといつまでも続いて(旺古)

かつかくれかつあらハれてすむ月も/影定まらぬ松の下庵 春足
*かつ 一方では~一方では~す。(旺古)

かつかくれかつあらハれていやましに/おほくなるとの沖のいさり火 春足
*「なる」に「多くなる」と「鳴門」を掛ける。

撮影:四国大学 / 画像:IMG_1553

 霞
うつみても雪にはしるき松杉を
あやなくかくす春霞かな    春足
 やとのうめ
吹ほとはよそにおくりて春風の
たえまそやとににほふ梅かゝ  春足
 あられの/ふりける/あした
板屋うつおとしきかすハあともなき
よへのあられをなにゝしらまし 春足
 旅
ふるさとの夢見しことをゆめならて
いつふるさとの人にかたらむ  春足
 名所雪
袖はらふ人しあらすハ芳野山
雪をも雪といかて見るへき   春足
 名こその関/にて義家将軍
 のむかしを/おもひ出て
国もせにかをりそみてるみちもセに
ちるとよみにしことの葉の花  春足
 浦千鳥
うら浪をなれもならふかむら千鳥
よりてはかへりかへりてハよる 春足
 平田篤胤の/もとにて天の
 磐笛といふものを見て
君か名ハ国もとゝろに響くなり
あめの磐笛伊吹??(まゝ?ゝ)春足

うつみても雪にはしるき松杉を/あやなくかくす春霞かな 春足
*あやなく わけもわからず

吹ほとはよそにおくりて春風の/たえまそやとににほふ梅かゝ 春足
*吹くほと (風が)吹いている間 *やと 宿、わが家。

板屋うつおとしきかすハあともなき/よへのあられをなにゝしらまし 春足
*なににしらまし 何によって知ることが出来ようか。

袖はらふ人しあらすハ芳野山/雪をも雪といかて見るへき 春足
*駒とめて袖うち払ふ人もなし佐野のわたりの雪の夕暮れ(藤原定家 新古今和歌集)
*歌意 もし(駒をとめて)袖を払う人でもいなければ、雪とも花とも見まがう吉野山に降った一面の雪をどうして雪と見分けることができようか。

 名こその関/にて義家将軍/のむかしを/おもひ出て
国もせにかをりそみてるみちもセに/ちるとよみにしことの葉の花 春足
*義家将軍のむかし 「陸奥国にまかりける時、勿来の関にて花のちりければよめる 吹く風を勿来の関と思へども道もせにちる山桜かな(千載103)」
*義家将軍が「吹く風を」と詠んだ言葉の花(名歌)は香りに満ちて国の隅々まで匂っている。(人口に膾炙して日本中誰でも知っている。)「せに」は「所狭しと」の意味。

うら浪をなれもならふかむら千鳥/よりてはかへりかへりてハよる 春足
*よりてはかへりかへりてハよる (浦波が岸に)寄っては返り返っては寄る、と(千鳥が一所に)寄っては散り、散っては寄ることを掛ける。

君か名ハ国もとゝろに響くなり/あめの磐笛伊吹??(まゝ?ゝ)   春足
*同じ狂歌の短冊あり(B195)。ただし、五句目「いとまゝにゝ」と書く。共に意味不明。
*天の磐笛 江戸末期の国学者・平田篤胤の「古史伝」には『故、その八重事代主神は天岩笛を製りて、皇美麻命に奉りて、祝ひ給ふ』とあり、「天岩笛は、磐もて製れる笛なり」「天岩笛と云う物の凡その形は、歌口のかた細く、末太く開きて横に穴はなく、謂ゆる螺角に似て、石なるものと知られたり」と記してある。篤胤の国学の道友・屋代弘賢は、ヤマトタケル命が東夷を平らげて帰る途中、上野国の古社に奉納したとの言い伝えのある岩笛を借りてきて篤胤に見せた。その岩笛は、楕円形の硬い石で、重さは約26kgほどもあり、法螺貝の様な大きなものだった。吹いてみると、音は高く響き、風格があった。しかしどうみても人が作ったもののようだったが、近い時代の物には見えなかったので、ヤマトタケル命の時代のものであることを思わせる岩笛だったと記しています。(「天の磐笛こぼれ話」HPより)

撮影:四国大学 / 画像:IMG_1554

 狂哥水滸伝に
 おのれをもく/ハへられけれハ
我も世に歌ぬす人の名をとりて
梁山泊の仲間とそなる     春足
 亀
むつはかりかくせるとても何ならむ
齢はしれた万歳の亀      春足
 職人尽歌合/しけるとき
 ことふれの/恋を
わかわさのことハわすれてうき名をハ
たかふれけんと人もうらみつ  春足
 女のもとに/やとりて
 たハむれに
たをやめのはたの雪にもつけてけり
もたせて寝たるおのかあしあと 春足
 擣衣
さひしさの大将ならん夷子等を
うちにゆきたるあとの夜?   春足
 始皇本/紀を/よみて
秦の代のついほろひしもことわりや
始皇の阿房超高の馬鹿     春足
 宝
源氏より女のいたくほれるのは
きいろに光る君にそありける  春足
 寄関恋
恋路にも手形あれかし人のめを
しのふの関や下紐の関     春足

 狂哥水滸伝に/おのれをもく/ハへられけれハ
我も世に歌ぬす人の名をとりて/梁山泊の仲間とそなる 春足
*狂哥水滸伝 粕谷宏紀著『石川雅望研究』(P274)に詳述。「本書は五側の評判記で、五側の作者百八人の肖像画が描かれている。「「百八の数はいうまでもなく『水滸伝』中における梁山泊に集う豪傑に因んでいる。」とある。
国文学研究資料館 データベース 『狂歌水滸伝』P35 からの引用「六々園抜足 阿波の国石井の住/遠藤氏なり豪吏にて/家僕多し歌学を/本居に学び狂歌ハ/五郎翁の社に/遊ぶ/庭中に/高き築山あり/登れは則四方の/好景を眺望して/其風流たとへんに/物なし爰に坐して/書を読て/日毎倦む事を/しらすといへり/たをやめの/肌の雪にもつけてけり/もたせて/ねたる/おのか/あしあと」

『狂歌水滸傳』(国文学研究資料館所蔵)
出典: 国書データベース,https://doi.org/10.20730/200002670

 職人尽歌合/しけるとき/ことふれの/恋を
わかわさのことハわすれてうき名をハ/たかふれけんと人もうらみつ 春足
*ことふれ もの事を世間に広く言いふらすこと。またその者。(旺古)

たをやめのはたの雪にもつけてけり/もたせて寝たるおのかあしあと 春足
*あてつけられますなあ。

さひしさの大将ならん夷子等を/うちにゆきたるあとの夜? 春足
*擣衣 衣(きぬた)を擣(う)つこと。寂しい秋の代表的風物。

秦の代のついほろひしもことわりや/始皇の阿房超高の馬鹿 春足
*始皇帝の「阿房宮」に「阿呆」、「馬鹿」に「鹿を馬と言いつのった超高」の故事をかける。

コメント

タイトルとURLをコピーしました